真夜中はロクなことを考えない

今週のお題「眠れないときにすること」

 

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これから、少々犯罪的かつ粘着質で、かなり気色の悪い話をさせていただきます。そして、それは私にとって、とても恥ずかしい思い出です。布団をすっぽり被って忘れてしまいたい。ですが、そんな過去ほど繰り返し思い返してしまうものですよね。気持ち悪い話ですが、若気の至りと思っていただき、寛大な心と少しの我慢をしていただきお付き合いいただけますと幸いです。

 

あれは、25年くらい前、私がまだ会社で若手などと呼ばれていた頃、社内引っ越しでフロアー移動しました。

新しいフロアーは色味がなく、どことなく無機質で、はるか遠くに見えるエグゼクティブルームはモヤがかかっている様に見えました。周りは知らない人ばかり。みんなアンドロイドみたいに仕事をしていて、人に対して興味がないような雰囲気でした。なんとも、居心地がよくない雰囲気でした。

そこに、2つ年上の女性がいました。

背が幾分高く、ショートカットで、いつもスタイルの異なるパンツスーツでした。インナーは清潔な白のカットソー。ゴールドのネックレスに、笑うと真っ赤なルージュが印象的でした。

その先輩は、何もわかっていない私に、FAXやコピー機の使い方、パントリーの仕組み、コーヒーの入れ方、フロアー内の人間関係などを、親切に教えてくれました。説明した後に「分かる?」というのが口癖でした。最初は少し壁があり、必要なことを過不足なく教えてくれる感じでしたが、私がFAXの使い方も知らないような常識が欠如しているような人間と分ってくると「えっ?そんなことも知らないの?」と小馬鹿にされるようなことも多くなってきました。それは、親しみのある小馬鹿のされ方でした。

それで、まぁ、当然、好きになってしまいました。

 

私は当時、入社して2、3年目で、新人と呼ばれる頃の慌ただしさから、少し落ち着いて仕事もできるようになっていました。とりあえず溺れないように訳もわからず泳いでいた新人時代から、やっと静かに浮いていられるような時期に入りかけていた頃です。しかし、その先輩と出会ってからというもの、感情を掻き乱され、否応なく平穏でいられなくなってしまいました。若かったからだと思いますが、気持ちが溢れ、かなり持て余すようになっていました。私の内面は、静かな波でいられる時もありましたが、何かの拍子に波長が合ってしまった時には、内臓から湧き出る大きな波を感じて どうしようもなく苦しくなることが度々ありました。そのような強い感情を持ってしまうのは、得てして、眠れない夜でした。夜中、静けさの中で自分の小ささを感じながら、先輩のことを思い出し、その先輩を感じられないもどかしさと、なんとかしたいという思いなどが押し寄せ、叫び出したいくらいの気持ちになる時間帯でした。

 

その先輩とは、休憩室などで話をする機会はありましたが、熱くなる気持ちを隠して、表面上は平熱で対応できていたと思います。歩いているところを見かけても、自分の席から目の端で追い、見つめるなどのことはしませんでした。ですが、先輩が出社していることが分かると、胃が締め付けらるような なんとも言えない気持ちを抱えて仕事をしていました。

 

あるとき、親睦会のようなものがあり、私はチャンスを伺って先輩の横にポジションを取りました。そして、自分にできる最大限の無表情とさりげなさを装って、自宅の電話番号を交換することに成功しました。

今なら、SNSの連絡先の交換などを行って、少しずつ距離を詰めるようなこともできるのでしょうが、当時は、せいぜいポケベルを持っている人がいるくらいの時代です。連絡をとる手段は電話が主でした。飲み会で電話番号交換したような場合には、勢いで電話もできますが、ここぞというときは、電話というのは障壁の高い連絡方法でした。少なくも私にとっては、いきなりの電話は、かなりの勇気とリスクを伴う行動だと感じていました。

 

私は2、3日考えました。ありふれたラブソングみたいに、番号をプッシュして最後のところで切ることを何度も繰り返しました。ですが、いよいよ気持ちが苦しくなり、いてもたってもいられない気持ちに押しつぶされそうでした。とにかく前に進むことしか考えられなくなって「もう、どうにでもなれ」と、思い切って電話をしてしまいました。

先輩は突然の電話にびっくりした様子でしたが、明るい雰囲気で応対してくれました。私は、予め用意していた会社の話をまずしたあと、その一発目の電話でストレートに思いを伝えました。自分では、落ち着いて、ゆっくりと話したつもりですが、かなり前のめりになっていたような気もします。先輩はしっかりと最後まで聞いてくれました。

結果は、当然ですが、フラられてしまいました。先輩は、結婚を考えている彼がいることや、恋愛感情で私を見ることは出来ないことなどを丁寧に説明してくれました。私は頑張って少し考えてみてもらいたいことを伝えたのですが、「嬉しいけどゴメンね」と、もはや何も言い返せない完璧なブロックの言葉を返されてしまいました。

 

私は、電話を切った後、脱力感に覆われていました。涙も出ませんでした。ベッドの上に大の字になり、天井の木目を数えていました。「まぁ、そうだよな」という思いと、全てをぶつけた疲労感と、なんとも言えない不思議な満足感。そして、別のやり方もあったのではないかという逡巡と後悔が混ざり合いグルグル回っていました。その夜は目が冴えてしまい、新聞配達のバイク音を聞いた後、明け方くらいにようやく眠ることができました。

フラられた後、3日くらいはフワフワした時間を過ごしましたが、その後、落ち着いた生活を取り戻し、先輩と会社で会っても普通に話をすることができるようになりました。

 

自分ではうまく感情をコントロールしていると思っていましたが、一方で、どうやら完全には諦め切れていなかったようでして、眠れない夜中になると、決まって嫌な感覚が蘇ってきました。「伝え方が悪かったんじゃないか」とか「別の方法があったんじゃないか」とか「先輩は今、何をしているだろうか」とか考えてしまい、内臓あたりから出てくるダークな思いで体全体が支配されている様でした。

そういう真夜中には、大体、おかしな思考となり、酷いアイデアを思いつくもので。思い余った私は「先輩に電話しよう」とひらめいてしまいました。そこで普通に電話するならまだしも(それだって、かなり迷惑ですが)、電話をして着信音を1回聞いた後、先輩が電話に出る前に切れば良いのだと思ってしまいました。

その夜、私はそれを実行してしまいました。電話をかけて着信音を受話器で一度聞きました。受話器を持っているこの手と先輩宅で鳴っている電話が繋がっていると思うと、それだけで喜びと満足感が溢れてきました。そして電話を切りました。

 

いや。もう、かなりヤバいです。その当時、そんな言葉ありませんでしたが、やっていたことは、いわゆるワン切りですし。犯罪的な、かなり気色の悪いことをしてしまっていました。ストーカーそのものです。当時は、ナンバーディスプレー機能はなかったと思いますので(あったとしても一般的はありませんでした)電話したことはバレないと思っていました。

そして、その一回だけではなく、眠れない夜中など、気持ちがどうにも抑えられない時に、時折、それをやってしまっていました。今考えると不思議ですが、何度か電話しているうち、休み前の夜には先輩は部屋いないと思い込む様になっていました。なんの根拠もありませんでしたが、彼のところに行っているか遊びに行っていると思っていました。

 

そして、ある眠れない夜、どうにも気持ちが抑えられなくなり、金曜日の夜ということで、安心しきって、先輩に電話してしまいました。休み前ということで自宅にいないと思い込んでいました。1回、2回と呼び出し音が鳴り、かなり油断していたのでしょう、いつもより長めに呼び出し音を聞いていました。そろそろ電話を切ろうと思ったその時、受話器からガチャっという電話をとる音が聞こえました。私は気の抜けた状態で電話していたため、その予期せぬ状況に、瞬間、少しの間ができてしまいました。すると、先輩が「あれ?XX君?」と私の名前を呼びました。私は驚き、何も言わず、慌てて電話を切ってしまいました。頭は真っ白。パニックになっていました。

 

私は、「なぜ早く電話を切らなかったのか」「それ以前になぜ電話してしまったのだろう」という後悔と、「なぜ、バレたんだろう?」という気持ちが、交互に押し寄せ、かなり動揺しました。今考えれば、突然、電話で告白しちゃうような妙なやつって、そうそういないでしょうから、誰からの電話かは容易に憶測もつくというものだと分かりますが、その時は冷静でいられず、私であることがバレたことに恐怖の様なものを感じていました。私はいわゆる「女性の勘」でバレたのだと思い込んでいました。その土日、私は何も手につかず、とにかく街中を歩き回りました。そして、考えに考えた挙句、見抜かれたことはどうしようもないし、誤魔化しても意味がないとの結論に至り、先輩に謝ることにしました。

 

休み明けの会社、私は先輩に電話したのは自分であることを伝え謝りました。先輩は、「電話したなら切らないでよ」と笑って許してくれましたが、私の中では、その件が非常に恥ずかしく、大変な間違えを犯した経験として深く刻み込まれてしまいました。

 

これがショック療法になったのかもしれません。それ以来、不思議と先輩に対する思いはすっかり消え失せてしまいました。電話をすることは、その後ありませんでしたし、先輩と会話があっても感情が揺れることがなくなりました。

その5年後くらいだったでしょうか、先輩は、結婚を考えているという彼とは別の一回り以上離れた男性と社内結婚されました。

 

真夜中ってロクなこと考えないし、ロクなことしないですよね。夜中に書いたメールなんて、どれも圧強めで、今からでもさかのぼって全部出し直したいです。

眠れない夜の闇は人の心を変える魔力があるという様なスピリチュアル的なことは大声で言いたくないのですが、少し、そんな言葉でうまく表せないような悪魔的というかダークな力の働きも感じる事が たまにあります。そんな時は、人間としての抑止能力が落ち、羨望や欲望、恨みなどが直接的に浮き上がってしまうモードになってしまうのかもしれません。

今でも、眠れないと、よからぬことを考えてしまいがちですが、この時の事を思い出し、夜中に出すメールや書き込みなどは圧弱めにするように気をつけています。

 

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