秋歌:1970年のフォーク名曲
今週のお題「秋の歌」
私の秋の歌といえば、トワ・エ・モアの「誰もいない海」です。
ご存知ない方は、こちらをどうぞ。
私が、この歌を知ったのは、高校生だった約35年前です。
私の高校生活はブラックホール並みの暗黒でした。
周りはキラキラとした「はいすくーる・すちゅーでんと」(究極的にダサいが、当時は英語をひらがなで表すという謎の表現形態がありました)を全身で謳歌している輩が少なからずいましたが、彼らからの光は私の半径1メートルに入ると私の暗黒面に全て吸い込まれていました。
男子高校生の関心事は95%が女の子で、残り5%くらいが進学なんじゃないでしょうか。
かわいい女子と付き合ってるっている友人は、それだけでヒーローでした。
そして、偏差値の高い大学へいけるかどうかが、その後の自分がどのヒエラルキーに属するのかを決める需要な要素であることも分かってもいました。
私は、そのどちらをも持ち合わせていませんでした。
かわいい女子どころか、あらゆる女子から相手にされていませんでしたし、学業成績は悲惨なものでした。
「キラキラした青春をおくりたい」と思いながら、やっていることは真反対に「自分は何をすべきなのか?」「どこに進むべきなのか?」「自分は何者なのだろう?」などの答えが出ないと分かっている問いかけを常にして暗い気持ちになっていました。
完全に力の使い方を間違えてた。
その頃、私は、窪田遼さんの小説を愛読していました。
窪田遼さんは1980年代に活躍されたジュブナイル小説の名手です。
作風は一言で言うとおしゃれ。
ティーンを題材にした小説にありがちな「努力」「根性」「苦悩」といったものが限りなく薄く、どの登場人物も無理がなく自然体であることに共感していました。
そして、その小説の中に出てくる、青山、渋谷、三宿、六本木などの地名にかなりの憧れを持っていました。
「誰もいない海」は、その窪田遼さんの小説の「ツインハート・アベニュー」のラストで主人公(高校生男子)と女の子が自転車で二人乗りしながら唄う歌として登場します。
そのシーンが、小っ恥ずかしいくらいに爽やかで。
私が思う10代の装飾のない美しさの結晶みたいなものを表現しているようで好きだったのですよね。
そのシーンを思い出すと、いまだに何とも言えない気持ちになります。
ただ、「誰もいない海」は当時から、懐メロのような扱いで、私はハッキリと覚えていませんでした。
そのため、フルコーラスは知らなくて、知っていたのは出だしの
”今はもう秋 誰もいない海”
だけでした。
あとは鼻歌で誤魔化しながらなんとなく歌っていました。
高校生だった私は、今の生活がこんなに暗いのは「環境のせい」と思っていて、きっと環境さえ整えば、自分も青山あたりでシャレオツで洗練された生活が遅れるもののと、窪田さんの小説を読みながら確信していました。
その後、私は関東の大学に進学しましたが、現実は憧れていたものとは違いました。
キャンパスは埼玉の山奥だし、住んでいたのは6畳のボロアパート。
「思っていたのとなんか違う」
と騙された気分で学生生活を送っていました。
そんな気分を持ち続けながら、それとなく過ごしていた ある秋の日、友人が車を購入しました。
当時はバブル全盛。
大学のキャンパスを見ると、ベンツ、BMW、ポルシェなどがずらりと並んでいることも珍しくありませんでした。
ですが、彼が購入していたのは、ボロボロの中古クラウンでした。
しかし、買ったことでテンションが上がっていたのでしょう。
彼は、私を海へのドライブに誘ってきました。
彼も私同様、力の使い方が全くわかっていない一人でした。
男二人で秋の海へのドライブ。
しかも、タバコ穴がシートの所々にあるクラウン。
何のためなのか?
誰に得があるのか?
いろいろ間違いだらけであることはわかっていましたので「授業がある」とウソをついて断ろうとも思いましたが、お互い学校に行くつもりなどカケラもないことは100%の透明度で分かり合っていましたので、そんなウソも通用するはずもなく。
暇を持て余しに余していた私はドライブの誘いにのってしまいました。
行き先は、友人が行きたいと言い出した湘南。
当時はカーナビなんてありませんでしたから、地図と睨めっこしながら埼玉から湘南を目指しました。
彼は、車中で私と聞くためのカセットを準備していました。(力の入れ方間違えてる)
用意されていたのは、なんの捻りもなく、サザンオールスターズ(以降、サザン)でした。
ことのほか、男二人で聞くサザンはそれほど悪くなく湘南気分が盛り上がってきました。
そして、ひたすら南下している最中、ふとした間に秋の雰囲気を感じ、私はなんとなく「誰もいない海」を口ずさんでしまいました。
といっても、出だしの
”今はもう秋 誰もいない海”
しか知りませんから、それ以外は鼻歌です。
すると友人が、
「あっ、それいい歌だよね。」
といってフルコーラスを歌ってくれました。
私はフルコーラスを聞いて驚きました。
というのも、ワンフレーズしか知らなかった私は「誰もいない海」は明るい歌だと勘違いしていたのです。
なんとなく
”誰もいない海だぜ。広いぜ。ヤッホー”
的な、パリピ的な歌だと思っていました。
”つらくても つらくても 死にはしないと”
なんて、シリアスな歌だと知らなかったのです。
それって、シンプルかつ明確に自分の勝手な思い違いのせいなのですが、
そのギャップに、私は、
「思っていたのとなんか違う」
と、物悲しい気持ちになってしまいました。
そして暗い気持ちのまま湘南の海岸に到着しました。
湘南の海といえば、青い海、白い砂浜、サーファー、水着美女がクアーズ片手に髪を靡かせているイメージです。
しかし、その日は曇りがちの灰色の暗い海でした。
しかも、時期は秋。
人もまばら。
物悲しい気持ちに拍車がかかりました。
しかし、遠路はるばる湘南に来てしまったのです。
気持ちを切り替え海岸に向かいました。
我々のメインイベントは、湘南でエボシ岩を見ることでした。
”エボシ岩が遠くにみえる 涙あふれてかすんでる”
と歌われた、あのエボシ岩です。
無理矢理気分をあげ、「チャコの海岸物語」を口ずさみながら、海岸に出てみると海にそれらしい岩が見えました。
ですが、二人とも写真ですら本物をみたことはありませんでした。
インターネットもない時代です。
自分達が見ている岩がそれなのか確証がもてず、
「あれかな?」
「いや、小さい感じする」
「でも、それっぽいな」
「どうだろう?違うんじゃない?」
なんて言いながら、砂浜からエボシ岩を眺めていました。
最後まで、それがエボシ岩であるかどうかは分からなかったのですが、いずれにしろ二人の感想は
「思っていたのとなんか違う」
でした。
帰り道は疲労困憊。
相手が可愛い女の子なら会話繋げるモチベーションもあったかもしれませんが、車内には男二人。
乾いたボロ雑巾状態だった二人には、絞り出そうにも会話する気力も話題も一滴も残っておらず、ただただカーステレオから流れるFMを聞いているだけでした。
埼玉に入り、知った道が現れた時に、友人が、
「埼玉の方が落ち着くな」
といった時に、自分は海やサザンが似合うようなポジティブ爽やか方面の人間ではないのだと悟りました。
憧れと現実には、いつも悲しいギャップがあります。
そして、そのギャップを知って自分というものがわかってくるのかもしれません。
ご意見などありましたら、コメント欄かk2h02018@gmail.comまでいただけると嬉しいです。